生駒トンネル

旧生駒トンネル

近鉄石切駅を参道側と逆の方に行き現在の近鉄奈良線の生駒トンネルの上にひっそりと口をあけているのトンネルがあります。旧生駒トンネルであります。 現在生駒トンネルは計3本の鉄道のトンネルがあります。一つは近鉄のドル箱路線である近鉄奈良線の新生駒トンネル(全長3494m)、二つめは、新石切から生駒に抜ける 近鉄けいはんな線の生駒トンネル(全長4737m)そして3つ目が現在はしようされていない旧生駒トンネル(全長3388m)である。

問題は、旧生駒トンネルである。このトンネルに関して想像を絶する歴史が存在しています。

1911年(明治44年)に現近畿日本鉄道で当時は大軌という鉄道会社が3年かけて開通させた。工事の請負は大林組であり、朝鮮人労働者も数多く 使い、今でも非難の対象になっていることがあります。地形の複雑さ湧き水により工事は難航を極めていました。そして1913年1月26日に悲劇は起こりました。 落盤事故が発生して152人が生き埋めとなり20人の犠牲者が出てしまった。今でも人は中に人柱があると言います。工事費が予想以上に膨らみ大軌と大林組は共に 経営危機に陥った時期もあったそうです。

生駒トンネル跡

旧生駒トンネルの大阪抗口は石切駅から300m離れた場所にあります。知る人は知る心霊スポットでありますが、リアルすぎる歴史があるので 取り上げられることは多くないのでしょうか。現在トンネル内部は高圧電線が通っており大変危険なので近畿日本鉄道が厳重に管理しています。

生駒トンネル

昼間でも静まりかえり薄ら寒いものを感じます。管理人も昼間でありながらトンネルの100メートル近くくらいまで来ると気温が下がり、鳥肌が立ち 足が動かなくなって前に進めないのです。特に霊感があるわけではないのですが、前に進むことができません。圧迫感を感じるのです。 昔、若気の至りでしょうか、男の子や女の子数人で夜ここに来て女の子にキャー怖いってくっつかれるのを目的で来たりしました。その時は、もっと近くまで行きましたが。今では後悔しています。

旧生駒トンネルの怪奇な伝説はまだまだあります

旧生駒トンネルは、開通工事の落盤事故で多くの犠牲者を出しましたが、事故はそれだけにとどまらず、さらに大惨事へ結びついていることがあります。。

1946年(昭和21年)4月16日、生駒トンネル内で車両から火災が発生しました。急勾配でモーターにかかる負荷が大きく耐え切れずに発火して、すぐに車両全体を 炎で包んだ。奈良方面の出口の近くでとまりましたが、死者23人負傷者75人の大惨事を起こしました。その翌年にもまた火災が発生して40人が負傷しました。

生駒トンネル

さらに大惨事は続きます。列車事故で歴史上トップクラスの事故が起こりました。1948年(昭和23年)3月31日近鉄奈良線列車暴走追突事故である。花園事故ともいわれるこの事故は、 近鉄花園駅に停車中の普通列車に上本町行きの急行列車がノーブレーキで速度80キロくらいで追突事故を起こしたのです。車体は原型をとどめないほどに大破して 49名の死者と282人の負傷者を出した。原因は、酷使され老朽化したブレーキホースの破損であります。このブレーキが破損したのが、 そう旧生駒トンネルであります。そのために生駒トンネルブレーキ事故とも呼ばれています。なにかあるのでしょうか、このトンネルには。

孔舎衛坂駅

ここが旧生駒トンネル時代の石切の駅、孔舎衛坂駅(くさえざかえき)で今もホームが残っています。

新生駒トンネル

こちらは、近鉄奈良線現在使用中の生駒トンネル

ぼくらの心霊スポット

生駒トンネル幽霊話

生駒トンネルにおいていくつかの幽霊話があります。その一つに【最終列車】があります。

奈良方面行きの最終にトンネルを通過する列車の車内のことである。最終列車内は、人が少ないはずなのにトンネル内だけいつしか車内が満員電車に変わるそうです。 その後、最終列車のあとに回送列車を走られさたりして対処したが効果はなかったと聞きます。

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